20世紀の初頭にドイツを中心とするヨーロッパで活躍したルドルフ・シュタイナー(1861-1925)は、自らの思想を「アントロポゾフィー」と名付けまし
た。しかしアントロポゾフィーは、単なる「思想」の枠に留まるものではありません。何故ならば、最初に「理念」という姿で表現されたアントロポゾフィーは、芸術活動に衝動を与えるだけではなく、最も日常的な生活領域にまで新しい息吹を吹き込むことが出来るからです。
例えば日本で有名な「シュタイナー教育」は、アントロポゾフィーが人間の生活領域にまで降りてくることで生まれました。「理念」としてのアントロポゾフィーは、目で見ることは出来ません。しかし、教育の中で生きるアントロポゾフィーは、誰もが目で見ることができ、そしてその価値を理解することが出来るのです。このように、精神的な世界に始まって普通の生活にまで活力を与えるアントロポゾフィーは、人間に「人間らしい生き方」を与えてくれる、「霊的ないのち」だと言うことが理解出来ます。
教育だけに留まらず、人間の生活領域にまで降りてきたアントロポゾフィーは農業・医療・福祉・経済など、さまざまな分野に「新たな命」を与えてくれました。これらは現在バイオ=ダイナミック農業・アントロポゾフィー医療・キャンプヒル運動・GLS 銀行として世界各地で実践され、豊かな成果をあげています。ドイツ語では、「成果」という意味で「果実」という言葉を使います。正に、これらの社会実践で得られた成果(果実)は、アントロポゾフィーという目に見えない木からもぎ取られた果実なのです。
普段何かの果物を食べるとき、我々はその果物を実らせた木や、或いはその木を世話し稔りを収穫した農家の人のことを考えることは有りません。しかし、果物を実らせる木やそれを育てる人がいなければ、果物を食べることは出来ないこともまた事実です。アントロポゾフィー協会は、農家の人が果物を育てるように、「アントロポゾフィーを育てる」という使命を持っています。何故ならば、「霊的ないのち」であるアントロポゾフィーは、人間の心と魂によって守り培わなければ、生きていくことが出来ない存在だからです。
アントロポゾフィーから得られた果実は、果物の木に稔る果実と同様、宙に浮いたものではありません。果物の周りには必ず太陽の光を受ける無数の葉があります。果物の甘さは、ふんだんに注がれた太陽の光をは
が受けることなしには、あり得ないものでした。そして、これらの葉は枝に、そして枝は太い幹に担われています。そして、幹を支える根によって初めて木は大地と繋がり、命のもとである水を吸い上げて空中へとはきだします。「木を育てなければ実は得られない」そう感じた人間は、アントロポゾフィー協会の必要性を理解します。